あなたの後ろを見ていた

フラノールデートイベント しいな選択後

「……バカ」

しいなが思わずつぶやいてしまったその言葉の真意を、ロイドはわかっていない。

ただなんでもないという風にしいなはかぶりを振り、ベランダから離れる。

ロイドの部屋を出ると、廊下にゼロスが立っていた。

「ゼロス、あんた起きてたのかい?」

ゼロスはそれを苦笑いで受け流し、しいなぁと甘ったるい声を出した。

「こんな時間にロイドくんの部屋にいるなんて、なにかイケナイことしてたんじゃねえの〜?」

「だ、誰がだいっ!変なこと考えてるんじゃないよっ!」

ゼロスは怒鳴るしいなに背中を向け、おやすみと事のついでのように囁き立ち去っていった。

しいなは夜の廊下に立ちつくしながら、今自分が寒いと感じていることにやっと気が付いた。

そしてもうひとつ。

「もしかして、ロイドに用があったのかい?」

ゼロスの背中はもう見えなかった。

決戦を控えた、雪の降る夜だった。

 

親友になれそうだ。

素直に受け取ればそれは、喜ばしいことだ。

でも、彼に恋しているという観念から取れば、それはとても酷だった。

そんなのわかってたことじゃないか。

呟く。

自分に、言い聞かせるように。

どうせ、叶わないんだから。

叶わない。

気付いてさえもらえないし、気付いてもらっても、彼には彼女がいるんだ。

あたしは、気付いてもらえない。

ああ、醜いねえ。

自己嫌悪。

コレットには、幸せになってほしい。

彼と彼女はお似合いだ。それは、よくわかる。

だから、やめたのだ。

まだあたしはあきらめ切れてないけど、

でも、もう、コレットと彼が幸せになることを願うだけ。

 


少し、いや結構前。

しいなは、ヴォルトと契約しなければいけないと聞いてふさぎこんでいた。

できませんと叫んで、走り出してしまったのだ。

ロイドは当然のようにしいなの身を案じ、しいなを捜しに出た。

むろん、里の中から出てはいない。探すのにそれほど時間はかからなかった。

ただ、ロイドが意外だと思ったのは、ゼロスがただしいなを探すこともせず突っ立っていたことだ。

話しかけるとゼロスはロイドをちらっと見て、言うのである。

「──強がってるけどあいつ、この村じゃ一人ぼっちなんだぜ。……あいつ、お前に気があるみたいだし、慰めてやれよ」

ロイドは言われるがままにうなずき、しいなを探しに墓に向かった。

「んなこと……ないと思うけどなぁ」

声に出すか出さないかの小さな声で、そう言い、過ぎ去る直前に、訝しげに頭を掻く。

遠ざかる足音を聞きながら、ゼロスは舌打ちした。

呟きさえも聞こえてしまったらしい。

鈍感というのも、楽なものだ。

目の前の事実さえわかっていればいいのだから。

──知らない事実があることさえ、気づいていない。

俺のことも、しいなのことも、この世界のことも、鈍ければ鈍いほど、目をそむけやすい。

なのに後ろに一瞥もせず、前だけを見ている。

逃げられるのに。

せっかく逃げられるのに。後ろを見ていられるのに。


「バカ野郎だな…………」

俺なんか、後ろしか見ていないってのに、前の残像が、目から離れない。


髪をかきあげて、ロイドが消えた方向を見据える。

しいなも、今に帰ってくるだろう。

もともと情に厚い奴だ。

自分が仲間に迷惑をかけていると思っているだろうし、

つらい過去でも背中を向けることしかできない奴ではない。

いつもロイドの背中ばかり見ているあいつだからこそ、ロイドがこちらを向いてくれれば、

ロイドに目を合わせてきちんと前を向くことができるようになるはずだ。

 

──俺は…………。

俺は、どうする──?

 

どこを向いても、

あいつらの、

あいつの、

しいなの残像が、

離れない。


あいつは目の前のロイドばかり見て、

ロイドは目の前しか向かず、

俺はどこを向こうが残像が離れず、

この不毛な一方通行は

いつまで続くのか。いつになったら解放されるのか。

ロイドはこちらに振り向くのか。後ろを向くのか。

しいなは目の前から視線を外すことはないだろう。

俺の眼から、残像が離れることは、張り付いたその後ろ姿が離れることは、

今に離れそうなものなのに、はがすこともできず、瞼を掻き毟ってしまいそうだ。

これは俺に対する制裁なのか、とふと思う。

しかし、それならロイドも制裁を受けるべきだ。

気付かない。気付こうとしない。気付いていないことにも気付かない。

あいつ、最低な野郎じゃねえか。

そんなことを、あの時のことを思い出し、考えてみる。

俺は、もっと、もっと最低だけどな。

決戦を控えた、雪の降る夜だった。

 

 

部屋に帰る途中で、しいなは寒さに体を震わせた。

室内にも雪が降りそうだ。

早く部屋に戻って眠ろう、と思ったところで自分の足が、やけに遅く進んでいることに気がつく。

ふと、欲が胸の中を突き抜ける。

戻りたい。

ロイドの部屋に、全力疾走で戻り、告白してしまいたい。

いっそ全部洗いざらい想いをぶちまけて、振られてしまえばいい。

でも、それができないから、

それができないから、

静かに彼の言葉に傷ついて、部屋を去ったのだ。

臆病者だ。

自分の不甲斐無さに歯噛みする。

せっかく顔を見つめようと、隣に立とうとしたのに、

その思考を知っているかのように、さりげなくこちらから顔を背けてしまう。

前に回り込んで、頭を掴んでこちらに目線を合わせれば、

絶対に見つめあえるはずなのに、

それができない。

理由はきっと、彼女の存在のせい。

そう考えて、すぐ訂正する。

彼女がいても、いなくても、きっと私は

後ろで彼が振り向くのを待っているだけだろう。

「馬鹿だねぇ……」

本当に馬鹿だよ、あたしは。


部屋の前に立ったところで、取っ手に伸ばす手が動こうとしないことに気がついた。

遅れて、ふと思う。

──ゼロスは、何のためにあそこにいたんだろう。

ロイドに会いに来たなら、ロイドに会えばいいじゃないか。

あたしがいることなんてわからないだろうから、訪問すればいいことだし、

あたしが入って行くところを見たなら、あたしが出て行ってから、ロイドに会えばいいじゃないか。

偶然あそこにいた、という感じもしない。

待っていたようだった。

誰を?

「──まさか」

歩いてきた廊下を振り返る。

「あたしを、待ってたのかい?」

誰も問いに答えない。

決戦を控えた、雪の降る夜のことだった。

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