ごみ箱行きのペアリング

7章

「マルタ?」

2人──正確にはどこかにいるテネブラエを含め、2人と1匹でメルトキオを歩いていたはずなのに。

いつの間にか1人欠けていた。

振り返ってからマルタの居場所を気付くまでに数秒かかった。

彼女は道具屋の前で足を止め、食い入るように何かを見ていた。

「どうしたの? マルッ…」

マルタの目線の先を見たとたん

エミルの表情は凍りついた。

それは、意外にも種類が豊富な指輪たち。

それをこの夢と希望にあふれたような瞳で見つめているとなると

次に来るであろう彼女の要求は1つだった。


「エミル、リング買おう!」


はぁ、と気付かれないように小さなため息をつく。

女の子らしいおねだりではあるが

付き合っているわけでもないのにということと

照れも入り混じることもあって

それを頼まれると気が重い。

しかし、そこは気の弱いエミル、

「…………どれが欲しいの?」

聞いてみるだけ聞いてみてしまう。

さらに彼女の望みはぶっ飛んでいた。

「これがいいな!」


買ってもらえると思っているのかどうなのか、

マルタはその中でもひときわ高い、

貴族の結婚指輪のような、大きな宝石がでんと乗っかって、

指輪自体がもう宝石のようになっているようなタイプを選んだ。

旅の出費を考え、いや考えなくても

それが痛いことはわかりきっていた。


聞いてみてしまった手前、突き放すこともできず

──まあ聞かなくても突き放す度胸などなかったエミルであったが

とにかくできるだけやんわりと

「もう少し節約してみた方がいいんじゃないかと思うけど」

といってみる。


最終的にはエミルの気弱さが災いして

指輪が買えないという意思がうまく伝わらず

マルタは勘違いしたのか

じゃあこれ、とショップのガラスケースの隅にある、別の指輪を指した。

値段は先ほどよりは手軽で、見た目も銀色と目立ちはしないが

その見た目より値が張る。

なぜなのかと困惑しているうえに、マルタの瞳は異常にきらめいていることにも気が付き

ますます戸惑ってしまう。

しかしその理由は、ちゃんと商品を見ればわかることだった。

「これ……」

「ペアリングですね」

いつのまにかいたテネブラエが口添えする。

「マルタさまはこちらがご希望だったのでしょう。エミル、だまされたと思って買っちゃいなさい」

なぜかテネブラエは乗り気だった。

なるほど、買ってじゃなくて買おうだった理由はこれか、と納得するよりも

しばらくこう着状態が続き、そして

エミルが折れた。


2つ分の指輪を買い、

マルタはご満悦だった。

「エミル、つけようよ?」

「……うん」

顔を真っ赤にして指輪を取り上げる。

「左! 左の薬指!」

マルタはそうせかしたてるが、どうにもためらいがある。

うじうじしているエミルを見て、仕方ないなぁ、と笑いながらその指輪を左の小指に収める。

「わっ」

「大丈夫だよ、左の小指はね、願いを叶えたいときにつけるといいって、ママが言ってた」

「夢を…叶える…魔法………」

エミルは思いつめたように指輪を見つめて、我に返った。

「ねぇ、私のもつけてよ」

「……」

「ねぇ、エミル?」

反応がないことを不思議に思って隣を見ると、

エミルはその指輪をはめただけで頭から蒸気を出して気絶していた。

「もぉ〜っ!」

声とは裏腹に嬉しそうに微笑みながら、マルタは指輪を自分の左の小指にはめて、

棒立ちのエミルの左手を取り、重ね合わせた。

「今度は、薬指にはめられるといいね……」

 

………あれは、旅の始めの時かなぁ。

そんなことを想うと、失笑が漏れた

眼の前では実の父親が──自分の知る父親とは全く違う理性を持つ男が

今見たこともないような形相で自分を睨んでいる。

抵抗できるのは睨みかえすということがまだ許されている瞳だけ。

手は後ろで縛られ、指が指輪のない指にかすかに触れる。

アレ、どこかに落として来ちゃった。

数分前の記憶を思い出す。

 


痛いっ! やめて!

あんなやつらといっしょにいるから毒が移ったんだな。

変わっちゃったのは──毒なのはパパでしょっ! きゃあっ!

黙れ反逆者マルタ!

腕縛っておけ。

はっ! ………指輪?

あっ、それは……。

捨てろ。連絡を取る機能はないだろうが、余計なことに使われたらかなわん。


パシッ。


ちょっとっ。

動くな!

…………。

 


泣きたくなった。


泣くな、泣くな。

泣くな、泣くな。


そういいきかせても、涙がせりあがってくる感覚がわかる。

それを振り払うように怒鳴り返した。


「パパは自分が王様になりたいだけなんだ! こんなやり方間違ってる!」

「おまえこそ目を覚ませ、マルタ。おまえはシルヴァラント王朝の王家の娘なんだぞ」


パパ。

私はまだこの男をパパと呼んでいる。

もうこの男は意味もなく人を殺す殺戮者じゃないか。

でも、それでも、まだ止めたいという心がここにある。

教えてもらくれたから。

だから──

 

 

「マルタ──────────────────────ッ!」
 

大声で怒鳴ったつもり、だった。

でも、実際にはそこまでの声量ではない。

いもしないようなあちこちを、隅から隅まで探る。

「マールーターッ! …いないよ…」

ごみ箱の中を覗き込む。無論、いない。

カツン。

と、金属音が鳴った。

「何、これ……」

指輪が転がっていた。

見覚えはあった。

とっさにポケットを探ってしまう。

「…………僕のじゃない」

手のひらに出てきたそれと、同じだった。

マルタのペアリング。


「なんでこんなところに」

 

と、いう間にしいなが現れた。

「こっちだよ!」

天井の穴に飛びあがっていくしいなと

ンなことできっかとぼやくゼロスと、

だいじょぶだよ、私が飛んで抱えて行くからとさりげなく男のプライドを壊すコレットを見て

苦笑いをしているうちに

自然に指輪をもった手がポケットに向かった。

 

 

「マルタっ!」


「エミル……っ」


マルタの手の錠がとかれたとたん、マルタはエミルの腕の中に飛び込んだ。

「これ……」

エミルの手のひらに差し出されたのは指輪。

「……エミル……」

マルタがうるんだ双眸でエミルを見つめ、ふいに手の甲を出した。

「はめて」

前は気絶しちゃったよね。

だから、今度は逃がさないからね。

言外にそう告げていた。

エミルは一旦視線を逃した。

周りには今のところ誰もいない。

「2人だけの結婚式だね」

そんなことを言うので、苦笑いしかできないが、

2人だけの結婚式──少しだけ、悪くないような気がしたのはやっぱりマルタに影響されたのだろうか。

ふとマルタに視線を戻る。


眼もとに涙がにじんでいる。


「あ、やだ、なんでもないよ?」

なんでもないわけないでしょ。

そう言い返し損ねる。

やっぱり、意地っ張りだったのか。

そんなことが頭の中に浮かび、ふいに腕が伸びた。

「エミル?」

指輪をはめるにはモーションが大きすぎることはよくわかった。

声をかけられ、伸ばしかけた腕が止まる。

「あ、な、何でもない。えっと、指輪だよね」

赤くなっておどおどして。震える手で指輪をはめた。

「薬指!」

「え、えぇ、勘弁して!」

「エミルとマルタ、行こうよ」


コレットが近づいてきた。どしたの?と手を覗き込む。

そそくさと手を後ろへ隠し、何でもないの一点張り。

そっかわかった、と本質はわかっているのかわかっていないのかよくこちらもわからないが、

とりあえず彼女の天然に感謝だった。


コレットとゼロスとしいなの下に逃げるように走るエミルを見て、

「せっかく抱きしめてくれるところだったのに…私のバカ!」

小声で自分を叱咤してみた。

でもそれでも、助けに来てくれたエミルは十分王子様のようで。

ため息をついて指に目を落としたマルタは、顔を輝かせた。

なんだかんだで指輪は薬指に収まっていた。

はめかえてくれたらしい。

「これはそう思ってもOKってこと?」

誰もいない場所にそう問いかけてもみたりしてマルタは満足げだった。

 


遠くでエミルが呼んでいる。


指輪に刻まれた名前を見て、さらにマルタは嬉しくなって笑った。

ポケットの中で混ざったのか。もしかして故意なのか。いや、どちらでもいい。

「なんかこれも恋人らしくていいなぁ」

気付かないふりをして駆け寄る。

マルタの指にはDearエミルと──エミルの指輪がはまっていた。 

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