一歩通行

「あれでいて全くその気がないんですから、詐欺ですよね」

全くその通りだと、頷きそうになって、シェリアは思いとどまった。


この言葉は、少し急な坂道を歩いていた時のこと、

シェリアが足を挫き、歩けなくなり、座り込んでしまったのだ。

その時、何気なく──おそらく本当になんの下心もなく、アスベルはしゃがんで、言った。

「おぶるよ。ほら」

思わず訊き返してしまった。

「だからおぶるって」

「そっ、そうじゃなくて! アスベル、そういうのはあの、ソフィの前ではだめなんじゃないかなって」

シェリアは助けを求めるように、ソフィに目を向けた。

ソフィは首をかしげて

「どうして?」

と訊き返した。

ああ、助けてくれるなんて思ってなかったけど、助けてくれないなら、黙ってうなずいててよ!

と、無茶もいいところな要望を心の中で叫んだりもする。

急かしてくるアスベル、「どうして? ねえ、どうして?」とひたすら質問を繰り返すソフィ、

そして一番厄介なのはマリクとパスカルが面白半分でにやにやと笑い、じろじろと見てくるという点だ。

むしろアスベルひとりと、ソフィ四人ならためらいも減るというものだが──。

それ以前に単なる羞恥もあり、座り込んだまま顔を真っ赤にして、

残る一人に望みをかけることにした。

「ヒューバート! 肩を貸して!」

列の一番最後尾で何も言わず見ていたヒューバートは、肩をすくめた。

「………それなら誰でもいいんじゃないんですか?」

口ではそういうものの、仕方なく肩を貸し、

マリクとパスカルは面白くなさそうに、アスベルは不思議そうに、

ソフィは疑問を追及する気も失せたらしく、アスベルの後ろにくっつくようにして

先を歩きだした。

肩を貸し終えたヒューバートは、シェリアの足元を見た。

「ちょっと痛いけど、大丈夫よ」

その視線にこたえるように、シェリアは言う。

「兄さんにおぶってもらったほうがよかったんじゃないんですか?」

軽口なのか、本気で心配しているのかは定かではないが、ヒューバートは少し微笑むようにした。

シェリアが答える前に、ヒューバートはここで、あのセリフを言ったのだ。


「あれでいて全くその気がないんですから、詐欺ですよね」


「……え、どういうこと?」

この言葉に、二つ質問を頭に浮かべる。

比較的手がつけやすいほうから、投げてみることにした。

「その気って、どういうことっ」

「わかってるんじゃないんですか? ソフィはどうか知りませんが、パスカルさんたちはもうとっくに知ってるじゃないですか。この状況で僕が気付いていないと本気で思っているんですか?」

実はパスカルたちに会う前にすでに気づいていたが、ヒューバートはあえてその部分を割愛した。

確かに悟られてることはわかってたけど…とシェリアは照れで顔を真っ赤にし、

もう一つの質問にとりかかることにした。気が重い。

「その、全くその気がないっていうのは……」

「そうじゃないんですか?その気っていうより、あんな発言をするのは、シェリアを女性だと思ってないからじゃないんでしょうか」

な、と言葉を詰まらせる。空しい怒りが胸の中を突き抜ける。

ヒューバートも自分が酷なことを言っているのはわかっているだろう。

しかし、思わずにはいられなかったようだ。

ほーんとに、私、女だと思われてるのかしら……。

幼馴染だということもあって、男女の感覚も欠如しているのかもしれない。

一方通行なんて、百も承知なのよ!

ヒューバートは何食わぬ顔で先に進もうとするので、

少し悔しくなって、言葉を投げつけてみた。

「ヒューバートもパスカルに行き詰ってるくせに!」

ヒューバートの顔は見えなかったが、

それから、歩くスピードが少しぎこちなくなったように見えた。

私だって、それぐらいのことは見抜いてるんだから。

 


「さっき、ヒューバートと何話してたの?」

ああ、その無垢な瞳が、恨めしい。

野外でキャンプを張ることになった晩、

ソフィが何気なく──確信犯ということはないだろう──問いかけ、首をかしげる。

そのしぐさは実に愛らしいが、シェリアの頭の中はそれに対するうまい返答を探すばかりだ。

しかし、見つかるような彼女なら、多分こんな事態に陥ってはいないだろう。

せめて話をそらそうと試みる。

「それよりソフィ。今日の夕ご飯何にする?」

「何話してたの?」

失敗だ。

この場でしゃがみ込んで頭を抱えてしまいたい。


しかし、平然を装い──シェリアは装っているつもりだが、装えてはいない。

それでも、何とかこの会話を断ち切る方法を探そうとするが、頼みの綱の仲間たちはここにはいない。

食材を森に取りに行ったり、各々のやることがあって、

今キャンプにいるのは料理を作る係のシェリアと、特に用がないソフィだけだ。

ええいこの際だ、とシェリアは少し踏み込んでみることにする。

「あのね、アスベルのことなんだけど……」

ソフィに目線を合わせて、耳打ちする。

「うん」

「アスベルは、わ、わ、私のこと、どう思ってると思う?」

「うん」

「え、だからそうじゃなくって……」

言いながら耳まで真っ赤になってしまう。もう無理やり切り上げよう、とシェリアが腰を上げようとしたときに、

ソフィは少し視線を宙に巡らせて

「大切だと思ってると思うよ」

と言った。

「本当?」

思わず希望のこもった声になってしまう。

「うん。仲間だから」

やっぱりね。

予想はついていても、がくっと、こけてしまいそうになる。

ちょうどこのタイミングでみんなが帰ってきたので、慌ててソフィに

「カニタマ作ってあげるから、今のは秘密ね?」

と囁いた。ソフィは素直にうなずいた。

お腹すいた、と喚きながらパスカルが調理場によってきたので、

危ないわよ、と言いながら料理に取り掛かる。

赤くなった頬に気づかれないか、それだけが不安だった。

 

「ごっちそーさまー!」

「美味かったな」

「おそまつさま」

皿を洗いながら、シェリアは笑った。

「パスカル、食べ終わったの持ってきて」

「めんどくさーい」

そう言いながら、食器が二人分放置されていることに気がついた。

「誰の?」

そう言いながら、アスベルとソフィのものだ、ということに気がつく。

「あれ、二人はどこ?」

「さあ、見なかったけどな」

なによ、と少しむくれながら、皿を運ぶ。

食器洗いを終えてから二人が帰ってきたので、叱りつけようとしたら、

アスベルが何か言いたげにこちらを見ていることに気がついた。

「どうしたの?」

「俺に聞きたいことあるなら、直接聞けばいいじゃないか」

不満そうだった。

なによ、と思いながら──思いながら、嫌な予感を感じ、ソフィにまた耳打ちする。

アスベルから離れた後に連れて行きながら。

「何の話してたの?」

「あのね、なんで最近カニタマが多いのか、って言ってたから、私が、私が話さない代わりにカニタマにしてくれるって言ってたって話したの」

話さない代わりにって、言ったじゃない、と問い詰めると、なんで?とよくわからない様子だった。

どうやら、「今のは」の、「今」というのは、「仲間だから」とソフィが返した部分だけを示していたらしい。

少々言葉足らずだったようだ。

でも……とため息を吐きたくなる。

そこを抜いてしまったら、


「アスベルは、わ、わ、私のこと、どう思ってると思う?」

「うん」

「え、だからそうじゃなくって……」

「大切だと思ってると思うよ」

「本当?」


というやりとりになってしまい、アスベルは誤解が生まれたと思うのではないか。

今日二度目の赤面をしながら、シェリアは何も言えずに黙りこんでいると、アスベルが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

誤解を解こうとしているんだ。

そうとっさに感じるが、もしかして、という想いもわきあがってくる。

惚れた弱み、というより、惚れていなくても私、彼には弱いんじゃないかしら。

アスベルがまた遠くで叫ぶ。

シェリアはアスベルへの道を、一歩踏み出した。


アスベルの用とは皿を片づけ忘れたせいで、シェリアが怒っていたことを弟から知らされて、

それを謝ろうとしているだけだった、ということを彼女が知るのは数十秒後だ。

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