人を幸せにするための、

本編前

「今日から姫様には身の安全を守るために、騎士団の警護の元に暮らしていただきます」

………それは、軟禁されるってことです?

私にも、それぐらいは分かりました。騎士団の方は、私が皇帝になるのを阻もうとしているのも知っています。

ですから、仕方がないことだというのも、知っています。

でも、これで趣味が減ってしまいました。

たくさん本のある部屋を貰ったのは嬉しかったのですが、やっぱり寂しいです。

だから、今日から毎日ではないですが、少しだけ、日記をつけようと思います。

………新しい友達ができた時に、今までのことを話してあげるために。

 

   *   *   *


(6)

今日、周辺警備をしている方に話しかけたら、あまりいい顔をされませんでした。

話しかける前も、難しい顔をしていました。

帝都の結界魔導器に魔物が集まってきて、旅業をしている方が結界の外に出られないのだそうです。

私は、一度ぐらい外の世界に出てみたいと思っています。

もし皇帝になれば、警護が今の比ではなくなるぐらいついて、外に出る機会が与えられるでしょう。

私はどうしても、それが好ましいと思えないのです。

自由になりたいのでしょうか。よく、分かっていません。

 

(8)

今日、フレンという方と出会いました。

私の周辺警備をしている方に何か命じている姿に会いました。

久しぶりに、私の話を聞いてくださる方に会いました。

話し相手に会えてうれしいです。フレンはとても紳士的です。

また用があってきてくださるのだといいます。

次が、楽しみで仕方がないです。

 

(9)

今日、予告通りフレンが来てくれました。

フレンは貴族ではなく、平民の出身だそうです。それも、下町で暮らしてたんだそうです。

私の知っている騎士はほぼ貴族なので、フレンは珍しいです。

それと、下町に居る友人の話もしてくれました。

ユーリ、という方だそうです。

かつて、騎士団に居たのですが、事情があって退団したのだと語ってくれました。

直接言ってはいませんでしたが、フレンは、ユーリさんが戻ってくれるのを祈っているんじゃないかと思うのです。

フレンがそう思うのなら、私もそう祈りたいと思います。

目の前に困っている人がいたら放っておけない、情に厚い素敵な方だと聞きました。

一度、会ってみたいです。

 

(12)

今日、剣術を習うことになりました。身を守るため、ということだそうです。

私は普段本ばかり読んでいるので、それも必要なことだと思います。

剣を教えてくれる先生はドレイクという、名誉騎士の方です。話は聞いていました。

そして今日、武醒魔導器というものを渡されました。

個々の戦闘能力を上げる魔導器です。教養があれば、魔術も使えるようになります。

ドレイク師匠は、

「はっきり申し上げますと、あなたの剣の才は乏しいでしょう。しかし、博識なため、魔術に向いているかもしれません。それはこちらからは専門ではないためお教えできませんが、学んでみるとよいでしょう」

と言ったので、魔術についての本を読み始めました。

 

(14)

少し、不思議なことがあったので、書きます。

私は、剣術の稽古の後、魔術の勉強をしようと本を読んでいました。

その中に、治癒術という、人の傷を癒すことのできる術について書かれていました。

存在は知っていましたが、改めてみると、とても素敵な術のように思えました。

人を傷つけるのではなく、幸せにすることのできる、素敵な術です。

なので、一度、練習するように、魔導器を付けてから本を見ながら手をかざしたら、光が手に集まったように見えました。

今すぐ発動はできませんでしたが、練習すればできそうな気がしました。師匠の言う通り、私は剣術よりこちらの方が向いているような気がします。

私の力が人の傷を癒せるのだと考えると、嬉しくてたまりません。

師匠に報告したいと思います。

 

(15)

今日は、フレンが来てくれました。それも、たくさん話すことができました。

その話についても書きたいですが、それより、師匠に報告した時のことを書きたいと思います。

「師匠。あの、前に言っていた、治癒術、少しだけできるようになりました。と言っても、実際に癒したわけではないんですけど……」

「治癒術……? この前申し上げた、あの魔術の話から勉強なさっていたのですか?」

「はい。この分だと、すぐに習得できそうです」

「………治癒術は、数日でそう才能の片鱗が現れるものではないのですが………」

「そうなんです? ということは、私、才能があるということです!?」

「………これからも精進していってください」

「はい! 剣術も治癒術も頑張ります!」

この日の稽古中、師匠はずっと首をひねっていました。

いつも叱られてばかりの私がそんな才能を持っていたなんて、信じられないのでしょうか。

 

(17)

フレンが来てくれました。でも、いつものように、あまり笑ってくれません。

それも、前に話に聞いていた、結界魔導器近くの魔物が増えていて、もうすぐ討伐に出るということなのですが、討伐に出る前に、旅業者の方が二人、魔物に襲われて重傷を負ってしまったそうです。

それなのに、上の方たちが、まだ悠長に構えていて、まだ討伐に出ることを許してくれないということなのです。

結界の外ではそんなことになっているのに、私はここでこうやって日記を書いていていいのでしょうか。

だけど、結界の外に出ても、私の剣術の腕では足を引っ張るだけです。

何もできないということは、こんなにも、辛いんですね。

フレンの気持ちが分かります。フレンは、私よりずっとずっと、剣術が上手なので、討伐に出ても苦労はしないと思います。

だからこそ、討伐に出られないのが辛いんだと思います。

 

(18)

…………とっても不思議なことが起きました。

思い違いなのでしょうか。よくわかりません。とりあえず、ここに書いておこうと思います。

私は、剣術の稽古の後いつもの通り、治癒術の練習をしていました。

すると、ネズミが一匹、部屋に迷い込んできました。

背中にひどい切り傷ができていました。

治癒術の基礎の基礎の術を、試しに使ってみようと思ったので、見よう見まねで使うと、手が光を放ち、あっさりと傷が消えたのです。

ネズミは気持ち良さそうにして、窓から飛び出して行きました。

「使えるようになりました!」

嬉しさのあまり飛び跳ねていたら、何か固いものを蹴ってしまいました。

魔導器、でした。

つけているとばかり思っていましたが、私は魔導器をつけ忘れていたのです。

でも、おかしいことに、ネズミの傷は癒え、私は治癒術を使うことができました。

もしかしたら、発動した後に、魔導器が体から外れたのかもしれません。

そんなわけはないのだと思いますが、そうとしか説明がつきません。私が知る相当な数の魔導器の文献には、遠距離でも効力をもつ武醒魔導器なんてどこにも書かれていません。

師匠なら何か知っているでしょうか。師匠は剣術専門だと言っていたので、それはないでしょうか。

あ、思いつきました。フレンなら、きっと知っているでしょう。

次に会ったときに、話をしたいと思います。

 

(20)

誤魔化しのきかない出来事が起きてしまいました。

これは、喜ぶべきなのでしょうか。いえ、そうなのでしょう。

今日会ったこと、丸々書いておきます。


今日、フレンたちが魔物の討伐に行きました。

城の中で小耳にはさんだのですが、いつの間にかそれは大きな群れをなしていて、被害者も多く出ていたんだそうです。死人も一人出ました。

私はいつも通り剣術の稽古に励んでいました。

師匠がやっと休憩をとってくれたので、泉で水を飲んでいたら、苦しそうにした大きな荷物を背負った人が泉の近くの木にすがりついてきました。

どうしたのだと聞いた途端、彼のおなかから大量の血がどろりと出たのが見えました。魔物にやられたのでしょうか。

危うく悲鳴を上げそうになりましたが、それは彼の傷に響くんじゃないかと思ってやめました。頭にも傷を負っていたのです。

ゼヒューゼヒューと苦しそうにあえぐ彼を見て、私は、どうにか救ってやれないかと思いました。

治癒術。

それは真っ先に頭に浮かんだものです。

でも、どうすればいいのでしょう。私は魔導器を、休憩のときに師匠のもとへ置いてきてしまいました。取ってきてもいいのですが、その間にこの方が耐えられるかどうかは分かりません。

魔導器なしで、治癒術。

この前、この前は勘違いだとばかり思っていました。

しかし、そうじゃないかもしれない。何もしなければこの人の命はないでしょう。駄目でもともと、手を傷口へかざしてみました。何も起こりません。

諦めかけて、でも彼の涙ぐんだ瞳を見て諦められなくて、ふと、手の力を一瞬抜きました。

するとどうでしょう、この前とは比べ物にならないほど大きな光を放ち、彼の傷がだんだん治っていきました。

彼も心地よさそうでした。

傷口が消えると、彼はふっと息をつきました。

「貴族のお嬢様ですか? ありがとうございます。僕は故郷に妻と二人の娘がいます。死ぬわけにはいかなかった……本当にありがとうございます」

「あまりしゃべらない方がいいですよ。治したばかりですから」

「いえ、もう大丈夫です。結界近くの魔物も今帝国騎士団が倒してくれているみたいだし。本当に、ありがとうございます」

彼は本当に嬉しそうでした。私も嬉しかったです。

傷が治せて、本当に良かったです。私が魔導器を使わずとも、治癒術を使える理由はよくわかりません。

少し不穏な気もします。

でも、悪い力ではないと思います。

これは、人を幸せにするための力です。

 

(21)

フレンが討伐から帰ってきました。その付近に居た魔物は殲滅できたらしいのですが、手傷を負った仲間のうち、一人がかなり深い傷を負ったんだそうです。

浮かない顔でした。

そういえば、私の警護をしていた人の一人が、最近やってこなくなりました。

もしかしてその人かと聞くと、その通りだと答えました。

この日、私はこっそり部屋を抜け出しました。


城の医務室で、その人は眠っていました。

真夜中だったので、あまり気付かれませんでした。

その人は真夜中でも起きているようで、痛みで云々と唸っていました。

治癒術を、使いました。

魔導器はあえて持ってきませんでした。

今度は、簡単に使うことができました。

すぐに治ったので、私も自分で驚いてしまいました。

痛みで気配に気づかなかったのでしょう。私を見て、その人はびっくりしていました。

「姫さま。貴方が治してくださったのですか」

「はい……勝手に抜け出してしまってごめんなさい」

怒られることを覚悟していましたが、その人は私の手をがしっとつかんで泣き出しました。

「あ、ありがとうございます……苦しかった………苦しかった」

あまりに嬉しそうに泣くので、私ももらい泣きしてしまいました。


この力は、人を幸せにするためのものです。

他の人には秘密にしておこうと思います。不思議がられて、あまりいい思いをしないと思うから。

でも、私は、いつか、いつか、旅に出るようなことがあれば、この力を使って、人を幸せにします。


──この力さえ使えば、みんな幸せでいられると思うから。

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