名前を呼ぶのも切なすぎた

もう手の届かないところにいた。


本を読み続けてきたから、知ってる。

身分の低い人が、身分の高い人に恋をするとか、そういう身分差の恋。

相思相愛で結ばれる場合もあれば、叶わぬ恋で泡になって消えた話もあった。

でも、未だに私は、身分の高い人が低い人に恋した話を読んだことがない。

相当な数を呼んで、ほとんどストーリーは覚えている。

そういう話の片鱗が出ている話なんかは、いくらでもあった。

結末だけが思いだせない。

脇役の二人にそんな恋愛があって、結局ぼやかされただけだったりとか、

単純に印象が薄くて思い出せなかったりとか。

思い出せない。

ストーリー通りに進むなんてありえない。

でもそれでもおぼろけな記憶にすがるしかない。


ねえ、私は、どうなるんです?

 

たとえば下町に行ってみて

彼が下町の女の子に甘いものを渡されてたりすると、

家族間でのおすそわけのようなつもりだといことを知っていても

嫉妬せずにはいられない。


たとえば妙に意識してしまう時

リタやジュディスが真顔で彼と話していて、

彼も何てことないように相槌を打ち、ふと気づいたようにこちらに手招きするなんて

羨ましくて羨ましくてたまらない。


たとえば私が本に夢中な時

出発するぞと私に声をかけても、

気づかない私を小突いたりしてみて、顔を上げると歯を見せられては

もう何をすればいいかわからない。

 

何をすればいいかもう、分からない。


これがどういう名前の気持ちなのかはぼんやりと知っていて、

それでも認めたくなかった。

第一フレンにも同じような気持ちでいたのだから、

これは友愛だと決めつけて、

でも、だんだん友愛が歪んでいって

……歪んで、いって


名前がつけられなくなって

友が取れて愛になったのだと、ふと気づいてみるも

やっぱりどうしてもそうだとは認められなくって

じゃあ、何、と戸惑って、苦しくて苦しくて苦しくて、


ふと気づけば誰かに嫉妬している自分がいて、

ああこれは、ストーリーの中にもないぐらい醜いものなんだと気がついて

じゃあ無くしてしまおう、彼にそぐわない、

まっすぐな彼にふさわしくないと捨てようとして

でもまだもっていて

捨てられなくて

……捨てられなくて

……ステラレ、ナクテ


分かんないんです。

分かんないんです。


彼は今までと変わらぬ顔で、変わらぬふるまいをしているのに私の手には届かない。

 

分かんないんです。

分かったことなんて、何一つないのに。

分かったふりをしていることが多すぎて

分かんないことしかいないくせに、知ったふりをして

何なのです?

分かんないんです。

 


でも、それでも、分かんなくても、

気づいてしまうんです。

例えば……そう、たとえば

彼が不機嫌で

「どうしたんです?」

と声をかけてみて

「なんでもねえよ」

と返されて、不本意ながら引き下がろうとしたときとか。

彼がしばらくして、声をかけてきた。

「あのさ、お前、気にし過ぎ」

「何をです?」

「他人の傷のこと。さっきの戦闘、連続だから結構きつくて、お前俺とか回復しまくってたろ」

「それは傷が」

「お前、効率よく使えよ。俺の傷はかすり傷。お前の傷は──」

彼は傷のない自分の手の甲に目をやってから、私の首筋を指して、呆れ顔で言う。

「深いだろ。どうみても」

肩が血で濡れている。それは知っていた。さっき、魔物が私の死角から飛びかかってきて、引っかかれたのだ。

私は首の血を手で拭う。

「大丈夫ですよ。今治しますし」

手をかざし、傷を消す。深いとはいえ、あっさりと消えた。

彼はそれを黙って見ていたが、傷が消えると腰に手を当てて深い溜息を吐き、私を見る。

「違う。お前が倒れられたら、困るんだよ。今みたいな傷だったらいいけど、重傷になったら……」

といって、口をつぐんだ。それからばつの悪い顔をして、片頬をゆがめた。

「………悪い。俺が、守ってやれなかったからだもんな………それ」

え?

もう傷の痕さえない首筋に思わず触れてしまう。

そういうつもりじゃ、ないですよ?

そういうつもりで言ったんじゃ……。

「八つ当たりだな」

「違います! 私が、私がぼんやりしてたから」

「お前、基本後衛だろ。前衛が守るのは当たり前じゃねえか」

「だって、私が……」

ふいに、彼の手が私の頭に触れる。

「責めてねえよ。でも、お前に倒れられたら、俺、困るから」

「……ユッ」

「次は守らせてもらうわ。無理すんじゃねえぞ」

軽く私の髪をかき混ぜてからふっと笑って、私のもとから離れてゆく。

後ろ姿を、絶句して……ただ、見つめていた。


そして、思うんです。

名前を呼びながら、

「ユーリ……」

スキデス。

私はこんなストーリーを知らない。

童話作家を目指すのだから、書いてみようかなと思ったけど、やめた。

私は、作品で人を幸せにしたいです。

でもこれは、とても幸せな終わりが迎えられると、保証できないですから。

誰もいない場所、聞こえるはずのない声。

それでも、想う。

「ユーリ……好きです」

その名をを呼んで。

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