氷嚢の熱
気持ち悪い……。
でも口に出すわけにはいかないし……。
足元がふらつく。喉がひりひりする。
まって、ア、ス、ベ──……
はっと目が覚めたときには、視線が天井に向けられていた。ベッドに寝かされているだけで、辺りにはだれもいなかった。
また、寿命が縮んだのかな、なんて思ってしまう。
今日はラントでは珍しい炎天下だった。
しかし、アスベルがそんなことを気にする様子もなく、ヒューバートを連れて遊びに行き、私は──私は、帽子をかぶっただけの軽装でアスベルの後をついていった。案の定、倒れた。
誰が運んでくれたのだろうか。枕元には額からずり落ちたと思われる氷嚢があった。誰かが看病してくれたのだろう。正直なことを言うと、だれでもよかった。アスベルであるはずはない。アスベルにこんな細かい気遣いをする神経はない。
ついていかなかった方が長く生きられるのかもしれない。でもどちらにせよ、アスベルとずっとはいられない。好きな人の「お嫁さん」にはなりたいけれど、「お嫁さん」になる歳に生きているかは、怪しい。それ以前にあの私のことお構いなしに進んでいくようなアスベルが、私みたいな病弱な子を相手にしてくれるはずがない。
だから、結局さよならなのかもしれない。
と、考えることはしたけど、やっぱり怖かった。
早く死にたくないけど、アスベルが他の女の子と付き合って、結婚していく様を見つめていける自信はない。
氷嚢に手を伸ばす。ひんやりとしているが、本来の冷たさは多分ない。手の方が冷たいぐらいだった。
体温はこんなにも高いのに、手は、氷嚢に触る前から氷のように冷たい。疲れで急に指先が重くなる。瞼も重くなる。幻聴かどうなのか、扉がわずかに開く音がした。瞳を閉じる。
「シェリア、まだ寝てんのか……?」
聞こえてきたその声に、シェリアは飛び上がりそうになった。
あ、あっ、アスベル?
でも、心臓の音を詰まらせて、眠気に身を預ける。寝顔を見られるなんて恥ずかしくてたまらないけど、でも、今顔を合わせられそうにない。寝返りにかこつけて枕に顔をうずめる。
「シェリア」
名前を呼ばれて、ふっと、これもいつまでかな、と思った。
いずれ呼んでくれなくなる。声を聞く耳も使えなくなる。私はまだ小さいけど、でもわかるんだ。こういうことだけ、わかるの。頬のすぐそばにやった人差し指が湿った。
あ、泣いちゃったんだ、私……。
指先につられてか、体の熱も冷めていた。生気が感じられないぐらいに冷え切った体温と、激しく動く心臓。
アスベルが背後で動いた気配がした。そっと、シェリアの頬をなでる。シェリアの全身が急にかあっと熱くなった。
アスベルの指は温かかった。
「やっぱり熱があるんだな」
能天気につぶやくアスベルに、シェリアはあんたのせいよ、と心の中で理不尽な怒りをぶつける。
体はだるいし、熱は確かにまだある。だけど急に、元気が出てきた。体中に血が回って、心臓が先ほどよりもより早く脈打つ。このままもう少しだけ、アスベルと一緒にいられそうだ。
それでも当分、アスベルの顔は見られそうにない。