いつかの為の練習

びゅうっと強く吹く風に、箒のコントロールを乱されながらあたしは目的地へ向かう
「うぅ―寒いぃ゛」
凍死してしまうんじゃないかと思うくらい今日の空は冷たかった

でも、決して天気が悪いわけじゃない
日光も程よくさしてはいるし、雲一つ無いとは言えないけれど一面曇り空なんてこともない

冬から春への移行開始。とでも言い表してしまおうか。それが、2月と言うものだ
「あ、見えてきた、見えてきたっ」
寒さに耐えやっと目的地――あたしのお気に入りのお菓子屋さんを見つけた
箒を降下させて地上に降り立つ

店の前では、何やら甘い香りが漂っている。…いや菓子屋なのだからそれが普通なのだけれども

その香りの元が、ほぼ全てチョコレートなのがこの時期の特権と言っていいだろう
普段のあたしなら、菓子屋に来ると既に完成している―いわゆる既製品のお菓子を、大量購入するのだけれども…やはりこの時期に菓子屋まで来てそれはない

いくら料理に自信がないあたしも―あ、今笑った!?失礼ねっフルーツポンチなら得意よっ。―ともかくあたしも手作りチョコレートを作りたくなるわけだ

ふいにその菓子屋から出てくる女性と目があう
「あ。アーチェじゃない!!なに、あんたも買いに来たの?」
その女性は、あたしの方へ駆けてくると、ニヤリ…と笑う
「そーよ
リナも?」
リナとは、最近時たま喋る間柄だ。言ってしまえばあの旅から帰ってきて、一番に出来た新しい友達と言ってもいい
「うん。正解
でも、ほら私の彼はチョコ嫌いだからショートケーキよ」
毎年それだからムードに欠けるのよ。と少し困ったような笑顔で呟く
「あ―っ。分かる、その気持ちっ!!
あいつもさ、ちょ―っと甘味の強いもの食べるとしかめっ面すんのよ!!
―まぁ、あんなやつにチョコあげる人なんていないだろうけどね」

そっと頭にあいつがココアを飲んだ時の顔を思い出した。「もうちょっと苦い方がいいんじゃないか」って顔に書いてるような、あの表情!!
毎年バレンタインあげるたびにされたりなんてしてたら、きっと気が滅入るわよ!!


「アーチェは、チョコレート作ってどうするの?……渡せないんでしょう?」
少し、寂しそうな目でリナがあたしを見た
あたしも、あはは。と笑った
「そうだねぇ
でもさ、まぁ…悪口でも言いながら作っとくよ」
今年のバレンタインや、50年後のバレンタインを一緒に迎えられないのは分かってるから



「寂しかったら、いつでも私の家においでっ。彼もアーチェのこと心配してると思うからっ」
それから、他愛もない話を続けながら、あたしのチョコレートの材料を買った
そして正午を時計の針が告げた頃
リナはあたしに手をふって帰っていった

リナの彼氏は、あいつなんかより本当にいい人で…優しくて、クレスみたいの人だった
名前は――忘れちゃったんだけど

そしたらあたしも帰ろうか、と箒にまたがり吹き抜ける風を感じながら、家に帰った

「たっだいま――」
家に帰るとお父さんが、今年はお父さんに「チョコレートはくれるのかい?」なんて分かりきったようなことを聞いてきた
「あげるわよ」
お父さんにはなんだかんだお世話になってるからね

「じゃぁ、チェスター君には、どうするんだ?」
と、続けて訊いてきた




「そりゃあ、もちろん」
今日は空が綺麗だったから
雲一つ無いとは言えなかったけど…

青色の空は、あいつが傍にいるような気がしたから

いくら辛くても待ってみせるって決めたから



大好きって言うくらいの気持ちで、作ってあげるんだから
 

 

 

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