Second 神様に感謝する

SIDE-L

今は昼だというのに薄暗く、明かりが灯っていないとはいえどこか寂しげな雰囲気である。

しかしそれでも繁華街ではあるようで、人々は普通に、いきかっている。

ように、見せている。

店の名前は怪しく、分かる人にはわかるネーミングになっている。

よく見れば壁に弾痕がみられ、銃弾が道の端に転がっていることもおかしくない。

もめごとは路地裏でひっそりと、しかし確実に行われている。

健全な格好をした少女がずかずか歩くには危険すぎる。

「ねえ」

ラフな格好で好青年らしい柔らかな表情で話しかけられた。

その青年に身をすくませることなく、少女はこちらを向いた。

「なんて子? かわいいね、うちの店に入ってかない?」

「あのさ」

少女はじろりと青年を睨む。青年は少女の腕を力強く握った。

「こっちきてよ」

「うるさいな!」

握られた手を振り払うように上下に動かし、足は見事に青年の脛に当たった。

青年は痛みで手を放す。

少女はとっさに両腕を後ろに回し、青年より一歩離れた。

「裏の情報屋って人に会いたいんだけど、何処にいるかしらない?」

青年はへらりと口の端に笑みを浮かべた。

「……名前は?」

「リーン」

「リーンなんて情報屋、知らないな」

「違う。それ、私の名前。情報屋の名前は知らない」

青年は再びリーンの方を抑えようと両腕を出してきた。

リーンはすっと離れて青年と大分距離を取った。人混みに今にもまぎれそうだ。

「教えてよ!」

青年はリーンを捕らえようと黙ってにじり寄ってくる。その青年の後ろに影。

ゲンコツ。

「あで!」

「こんな物騒な場所に勤めてるわりにお前、ガキ一人も捕まえられないのか。若いから仕方ないかね」

あごひげを指先でもてあそびながら青年の背後にあった店から出てきたと思われる中年男は、一重まぶたの目でリーンを見た。

まるで、焦点が定まっていないかのように、ぼんやりとした表情だ。

頭髪はぼさぼさで、薄くなっているというより、年齢に反して分厚い。疎らではなく、わざと染めたかのような完全なる灰色。

「──あー、お前、こいつはやめとけ。しっぺ返し食らうぞ」

「なんでっすか」

青年の抗議には耳を貸さず、小指で耳をほじくり返しながら、中年男はかがみ込んだ。

「お嬢さん、何? 人探し? こんな場所でまともに教えてくれる人なんていないって。諦めなー」

「おじさんこそ、そんな場所でそんなこと言ってくれるなんて、すごく親切なのね」

声には皮肉ったような色が込められている。

中年男は小声で唸りながら後頭部をがりがり掻いた。

「おほめ頂きありがとー。で、その親切なおじさんが言うにはね、出てったほうがいいよ。ここから。お嬢さんみたいな若い子はいくらでも使いがいがあるから。体も売れるし臓器も売れるし労働力としても取れるし。なんていうの、鴨葱?」

「その忠告は有難迷惑。そういえば、おっさん」

「何、リーンちゃん」

聞いてたのか、とリーンは苦笑する。

青年はいつの間にかずこずこと店へ戻っていた。

「情報屋って知らない? 裏の世界に通じてる」

中年男は目の端を一瞬ひきつらせた。それから、中に視線を巡らせる。

「この世界に情報屋って多いからね〜。危ない人も多いし。やめとけば」

「教団に精通してる情報屋がいいかな」

「ねえ、だから聞いて……」

中年男は踵を返そうとした。とっさに彼の着ているくたびれたワイシャツの裾を握る。

リーンの小さな手に力がこもる。

「連れてって。裏の情報屋のところに」

「連れてってって言われても……ねえ」

中年男は青年を呼んだ。

一見ただの物品販売店のその店から、青年はおずおずといった様子で出てきた。

「なんすか? その子、うちに売ってくれるんですか? 俺、もうそろそろモノとってこないとやばいんすよ。ここ解雇されちゃうし」

「ばーか。お前を助けてやったんだろが。こいつに手を出したらやばいぞ」

「だからなんでっすか」

そういいながらも青年はとっくに引き下がるつもりのようだ。

一方リーンは中年男を掴んだ手を放す様子はない。

中年男は迷惑そうに握られた裾を見た。

「リーンちゃんもさ、俺に手ぇ出さない方がいいって。ろくなことにならないよ」

「手ぇ出さない方がいいなら、情報屋の話を聞かせてよ。私、教団についてどうしても調べなきゃいけないの」

「んー……」

中年男は裾を握っているリーンの手を上から握った。リーンが驚きからかびくんと体を跳ねらせる。

しばらくその状態で固まっている中年男を見て、リーンは渋面になった。

「まさか、ねえ、まさか──」

「そこの子連れ〜」

ふっと中年男の目の前に若い男が数人現れた。まるで携帯を持つように拳銃を片手に持って。

「そこの、若いじゃん。俺んとこのボス短気だからさっさと売り子の1から2、パクらないとまじだめなんだよね。譲ってくんね」

中年男に動揺した様子はない。

飄々とした雰囲気のまま、舐めるように話しかけてきた男を見る。

「この子に手、出すと動きづらくなると思うよ。あれでしょ? 豆屋さん」

男の眉間にしわが一瞬よる。

「は?」

右端の、リーンに一番近い位置にいた男が銃を差し出し真顔で三発ほど撃つ。

放たれた弾丸は中年男の右目辺りを狙っていたが、中年男は何事もなかったかのようにそれをよけ、銃口を手で押さえる。

「あ、ちがったのか。じゃあシャッポ屋だろ──いや、やっぱ豆屋だ。やめとけって、そっちが漆塗りに加担してること、色々とつかんでんだから。俺殺しても、俺の知人がちゃっかり証拠握ってるから無意味だし。つーかそれ以前にこの子に手ぇ出すと豆屋つぶされるだろし」

ばん!

あっさりと銃弾が飛び、リーンの頬にかすった。

が、命中はしなかった。中年男の右手がリーンの顔をかばったからだ。

「おじさん?」

「11番目の月、20日目」

ぼそっと、何事もなかったかのように呟く。

しかし、その言葉で男たちの雰囲気は凍った。

「てめ……」

「豆屋はそこまでおっきい場所じゃないし。ひいた方がいいよ」

男は驚くほどあっさりと引き下がっていった。

リーンには何が何だかわからない。

「帰りなさい。リーンちゃんも、こんな奴らばっかの場所から」

「……ありがと」

「よかった、忠告を受け入れるのね」

「違う、これのこと」

リーンは中年男を見上げたまま血の筋が付いている頬を指差した。

中年男は意に介した様子もない。

「かばったこと? 良心からじゃないからー、勘違いしない方がいいって」

「結果は結果だし、それで」

リーンはいつの間にか、中年男にしがみついていたことに気付いた。ぱっと離れる。それでも、ワイシャツの裾は握っていた。

ねえ──といったつもりだが、声は出ていなかった。

しかし、まるで中年男は聞こえているかのように、曖昧に相槌を打った。

しばらくして、ワイシャツを引っ張る。中年男ではなく、リーンが動く。そして言う。

「おじさん、あんた──情報屋でしょ?」

中年男は表情を全く変えずにうなずいた。「そうだよ」

否定するとばかり思っていたリーンは逆に驚いていた。

「何? 冗談で言ったわけじゃないよね」

「認めないと思ってたから……情報屋を探してるって言っても自己申告しなかったし」

「そりゃ、リーンちゃんに用があるわけじゃないし。で、何? 俺、結構腕のいいやつだから、大抵の情報は仕入れてるよ」

中年男が愛想よく笑っている──つもりなのだろうが、元々の顔からの若干の凄味であまりにこやかに見えない。

リーンは挑戦的に顎を突き出した。

「名前は?」

中年男の愛想笑いは凍らなかった。

「まさか、俺の名前を聞きに来たの?」

「そんなわけないでしょ。会話するに当たっての必要事項。私の名前は知ってるのに、私は名前知らないもん」

「──ピエロ」

本名じゃないけど、と中年男は愛想笑いを続ける。

「今会話するにはそれで十分でしょ。俺、情報屋ピエロ」

「ふーん。さっきの豆屋の情報って、ほんと? 11番目の月、とか言ってたけど。何処の豆屋?」

「まーね」

豆屋、というのは組織をカモフラージュするための店舗の名前で、漆塗りも同様だったが、ピエロは黙っておいた。

それをどう見たのか、リーンはずかずかと話しこんでくる。

「ねえ、豆屋は漆塗りと何をしたの?」

ピエロはまた無造作に髪をがりがりと掻いて、リーンの肩を掴んだ。

「わかってる? 俺、情報屋。店だから、金とるの。しかも有能なだけに、お小遣いじゃとても足りないぐらいね。今のは俺のサービストーク。怖さ知らずのお嬢さんのお陰でひと儲けできそうだからね。でも、これ以上は金とるのよ」

「それって、それって、私の父さんが関係してる?」

ピエロはにやりと笑っただけだった。

「ねえ、誤魔化さないで。そうでしょ? 教団と裏世界はつながってるってジェヒが言ってた。私をかばったことで、父さんから金をせびるつもりでしょ?」

「……リーンちゃん、異常に洞察力が良くない? なんでそんな見抜くのかねー? 若さかな」

「誤魔化さないでってば。お願いだから、後でお金なら払うから、どうやってでも払うから、お願い、教団の情報をちょうだい」

やばいんだってわかるの、といつの間にかリーンはすがるように膝をついていた。

「姫神なんて神様勝手に祭り上げて、教団がいまお布施だって言ってお金集めてる──このままだと、信者がひどいことになる。教団がやばいことするんだって、分かるの、私……」

誰も信じてくれないし、

証拠なんてないし、

根拠も何も、全部はっきり言って勘だけど、

でも、教団が何か企んでるってわかるの。

妄想なのかもしれないけど、

妄想なのだとしたらそれでいいけど、

事実としてしか考えられなくって、

どうしても確かめたいの。

ねえ、情報をちょうだい!

土下座に近い恰好で蹲っていたリーンが、叫び終えておそるおそる顔を上げると、

そこには先ほどまでの同様のないピエロはいなかった。

うろたえて、目玉をしきりに動かしている。年端もいかない少女に土下座されたからではない。

それだけしか分からなかった。

「リーンちゃん、君さ……」

絶句して、リーンを見つめる。それから、深く長い溜息をついて、言った。

「情報料は貰うよ。たっぷりね。リーンちゃん……それは、本当に君の勘? だとしたら……」

「信じて、くれる、の?」

つっかえつっかえ言ったリーンを、ピエロは肯定も否定もしたくないかのようだ。

それでも言う。

「信じたくないけど……ここまで偶然が重なるとね」

何が何だか、もう、分かるとか分からないとかいう次元ではない。


ピエロは自分がかなり凄腕の情報屋だと自覚していた。

金も取るが、それだけの実力を兼ね備えていると自負できる。

その情報が重なって生まれた事実。

だからこそ、だからこそ、リーンのその勘が信じられなかった。

ここまで勘が鋭いなんて、まさか………まさかね。

ピエロが混乱するのを尻目に、リーンは初めて信じてもらえた喜びをかみしめていた。

生まれて初めて、神にありがとうを告げる。

もちろん、(存在しないと信じている)姫神という神ではない方の。

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