SIDE-L
「……なんで?」
リーンは茫然と王女を見つめていた。
「なんで、ここにいるの?」
もう一度問うてみると、王女は
「神捜しの子たちに調べさせてたの。そうしたら、ここにいるって報告があって」
と訳のわからないことを言う。
それから、ピエロがいたはずのテーブル席に勝手に座った。
本来は客なのだから、リーンの許可など要らないが。
ピエロはどうしていなくなったのだろうか?
情報を出し渋る様子もあったし、逃げたと言えばそれまでなのだろうが、リーンからは報酬金も渡していない。
なにより、なんだけ奇妙な不安と焦燥感が、リーンの胸の内にある。
早くピエロを探さないと、取り返しがつかなくなるような──。
「何の用? 後にしてくれる?」
そういうこともあって、リーンは早口で王女に言った。テーブルの傍らに立つ。
王女はリーンの心中とは反して、非常にゆっくりと穏やかにほほ笑む。
「悪いわね。急ぎの用があるみたいだけど、こっちも急ぎなの。聞いてくれる?」
返事を待たずに質問をしだす。
「リーン、今でも姫神は信じてない?」
「もちろん」
リーンは胸を張った。
「最近、その裏付けを手に入れたんだから」
「さっきのオジサンが関係してる? それ」
リーンはびっくりして目を見開いた。こんな表情を見せればばればれだろうが、ほぼ反射なのだから仕方がない。
王女はにこにこして、リーンの返事を待っている。
リーンはかろうじて
「なんでそれを……」
とだけ呟いた。
「………あなたと一緒」
「え?」
「リーンは、姫神が存在しないって信じてる。私のことを「王女」みたいなものだと思ってる」
「いや……それは何となく、インスピレーションのようなもので」
「だから、うちも──何となく、わかったのよ」
「なにそれ」
リーンはだんだんイライラしてきた。
王女のすかした笑みと、まるですべてを知っているかのような物言い。
いい加減言いたいことがあるのなら言えばいい。
でも、なぜだろうか。
王女と自分が、なぜだか近いものを持っているような気がする。
こんなじれったいやつと一緒だなんて、冗談じゃないとは思うのだが。
しかも、
「うちさ……あなたの疑問に、こたえてあげられると思う」
なんて、唐突に信じられないことを言ったりするものだから、胡散臭さは一歩間違えれば初対面のピエロの印象以上だ。
「くだらないこと言わないでよ。私、今、やらなきゃいけないことがあるの。大体、なんでそんなこと言えるの? 私の何を知ってるって言うのよ」
「リーンの何は知らないけど、姫神の何は知ってるよ」
リーンは叫びたくなった。
代わりに頭をかきむしる。
いなくなったピエロを探さなきゃいけないのに、どうしてこんなに面倒くさいことになったのだろう。
「さっき、自分で言ったでしょ? 私が姫神って神を信じてないってこと。もう言っちゃうけどね、私、教団が信者を利用して……」
王女は無表情で言う。
「戦争を起こそうとしてることも知っている……って言いたいの?」
リーンは驚きのあまり声が出なかった。
頭の中のことを読まれたのか、とさえ思える。
硬直している間、王女はずっと黙っていて、特に何かをしたわけではない。
が、急に目の前にいる、あまり年が変わらない少女が、怖くなった。
思えば、王女は教団の重鎮のような扱いを受けていた。
教団の秘密も知っているのではないか。
それもふと思い浮かんだ。
もう、こう問わずにはいられなかった。
「王女……あなた、何者?」
かすれた声しか出なかった。
王女は不敵ににやりと笑った。
「王女じゃない」
「は?」
リーンは間抜けた声で呆けた。
もう、こんな声を出すのは飽きた。
しかし、これからもっとこんな声を出さなければならなくなる。
王女はかぶりを振ってから、余裕たっぷりの笑みで
「私、普段はね、姫って名乗ってるの」
「姫?」
「そう、姫。あなたが王女って私に感じたのは、私が姫って名乗っていたからじゃない?」
ますます混乱してきた。
リーンは頭を押さえる。
とりあえず考えを整理しないとわからなくなってきた。
王女は、本当は普段「姫」と名乗っている。
そのことをリーンは感覚で察知して、それゆえに「王女」と呼んでいた。
王女は教団が戦争を起こそうとしていることを知っていた。
王女は教団長や副教団長、ジーンにとても手厚い扱いを受けていた。
王女は姫神のイメージカラーである桃色と銀の取り合わせを身にまとっている。
王女を見かけるものは数少ない。
………ますますわからない。
「ねえ、王女……じゃない、姫?」
「そう、姫」
王女改め、姫は肩をすくめた。
「名前は捨てたから、本名じゃないけど」
「どうでもいいよ。……もういいでしょ?」
リーンはドアへと早足で向かう。ドアを押しかけたところで、からかうように姫がささやいた。
「私が何者か、知らなくていいの?」
かっちーん。
確かに姫の正体には興味があるが、リーンにとっては前にあったことがある他人にすぎない。
そんな彼女が情報を持っていると言っても、確実に何らかの情報を持って持っているだろうピエロの所在のほうが気になるに決まっているのだ。
ピエロへの奇妙な不安が姫へのいらだちと重なり、リーンは我を忘れて、体を王女へ反転させてからどなった。
扉を拳で思いっきり叩く。
そうすると、いつもとやかく言うはずの、店主は何も言ってこなかった。
「あー、もう、うるさいなぁ! 私いまピエロを探さないといけないの! ピエロは一回私を情報で助けてくれたの! あんたより、ピエロのほうがずーっと信用できるのよ!」
姫は大してひるんだ様子もなかった。人差し指を軽く振った。
「取引しようよ、じゃあ」
無視して出ようと思い、扉を背中で押す。
しかし、王女がもう一度張りつめた声で繰り返した。
「なによ」
邪険にそういうリーンに、姫はあっけらかんと言った。
「うち、ピエロの居場所知ってるの」
「え」
喉の奥が詰まった。
「神捜しの子たちが、リーンのそばにいる奴だからリーンをどうにかしちゃわないようにって、その、おじさん、ピエロも監視してるから、居場所わかるんだ」
またわけのわからないことを言っているが、リーンはすっかりピエロの場所を知っているという情報に食いついた。
「嘘! え、じゃあ、何? 教えてくれるの?」
「もちろん。だけど」
語調を強めて、振った人差し指でリーンを指した。
「な、なに?」
「取引だから。交換条件。うちがリーンにピエロの居場所を教える。そのかわり」
姫はにやりとまた笑う。
「これからうちが言うことを、疑わないで」
なんだ、そんなことか、とリーンは安堵した。
もっと取り返しのつかないものを要求されるのだと、身構えていたからだ。
しかし、この要求もかなり、高度なものであることを、次の瞬間、悟った。
「……姫神って神はいないよね」
「そう、信じてるよ」
「じゃあ、姫神って人はいてもいいよね?」
「………なに、それ」
「鈍いな。要するに、うちが姫神なの」