Forth
信じる者は救われるのか

SIDE-L

まさかそんな──と言いかけて、リーンは黙った。

それから、しばし間を空けて言う。

「そう、だったんだ。へぇ、知らなかった」

姫は不思議そうに首をかしげる。

「そんなに簡単に話を受け入れるとは思わなかった」

「受け入れてなんかないけど………疑うなっていうのは、約束だから。言いたいことはそれだけ?」

つれないね、と姫はむくれる。相手にしているほど暇じゃない。

「ピエロの居場所、教えてくれるんでしょ?」

姫はうなずいてから、悪戯っぽく笑った。

「信じてないのね。うたがってもいないけど」

「……当たり前でしょ。姫はここに人間としているのに、なんで神だなんて、名乗るの?」

「それは、人間には許されなかった力を得ることができたから」

他の者を支配するためのね、と姫は付け足した。

なんてこともないように。

「要するに………姫神のつかさどる二つの能力の使用を許されたんだ」

副教団長の娘であるリーンは、当然のように経典にあった二つの能力が口から飛び出した。

「予言と蘇生?」

「そう、そのとおりよ。どちらも、簡単に証明できる力だよね」

例えば──と姫はリーンに耳打ちする。

「ここの店主さんは包丁を持っている。うちとあなたがここを出るときに、リーンを返せ、さもないとこれを投げるよ!と言うよ」

リーンは変な笑い声しか出なかった。自分でも、情けなくなるような。

それはリーンが姫を約束により疑えないから、ではない。

自分も、姫のその予言が当たる気がしたからだ。

そんなリーンの動揺を知ってかしらずか、姫は続ける。

「これですべてのつじつまは合うよ。過去の予言からして、ピエロはうちの正体に勘付いてる。だから、確証を得に行った。そして、これは予言じゃなくて神捜しの子からの情報なんだけど、確証を得に行った場所で、厄介ごとに巻き込まれた。つまりは、そういうこと」

「ピエロが………?」

リーンは言葉を言い切ることができないほど、唇を震わせていた。

姫は甲高く笑って手を振る。

「ピエロの情報は当てにならないよ。ピエロの情報を、欲しがってるんだよね? わざわざ危険を冒さなくても、当事者のうちが全部教えてあげる。だから」

姫はリーンの手を取り、それこそお姫様のように優雅にくるりと回った。

「場所を移そう」

リーンは険しい顔で姫を見つめていた。

それから、ゆっくりと話し出す。

「……わかった。姫から話を聞くよ。でも、そのあとピエロの居場所も教えてくれるって、約束してくれる?」

「なんで、ピエロを追う必要があるの?」

「なんでって……」

リーンは少しためらってから、言った。

「厄介ごとに巻き込まれてるんでしょう? なら、私自身だったら何にも助けになんかなるわけないけど、私の権力でどうにかなるかもしれない」

姫は困惑そのものの顔でしばらくリーンを見つめていたが、硬直が途切れたようにはっと、息をつく。

「リーンって、相当なお人よしね」

 

リーンは席に着きなおし、姫と声を潜めて話し出した。

姫が笑う。

「もう心から疑わないのね、うちのこと」

リーンはバツの悪そうな声で言った。

「だって……なぜか、疑えないんだもん。最初は戸惑ってたけど、なんか、もう受け入れてる。なんで?」

「その理由もうち、知ってるんだ」

リーンは驚きのあまり意味のない言葉を叫びそうになったが、かろうじてこらえた。

「それも……予言?」

「そうなるともはや予言じゃないよ。でも、未来に起こることがわかるから、今のことがわかるっていうのも、あるかな」

それに、と姫は続けた。

「これはうちが経験上知ってるの。だからあとで教えてあげる。せっかくうちの身の上話をしてあげるのに、理由を知った後じゃちゃんと聞けないかも」

どんな理由なのだ、と言いかけてから、リーンは言葉を選び変えた。小さくも悲鳴に近い声だ。

「身の上話をするの?」

「経験上知ってるって言ったでしょう? だからその経験を話したら、理由がわかるの。それに、まだピエロは平気。まだ間に合う。大体その後じゃないと居場所を教えてやらない」

急に幼くなった姫の口調に、リーンは露骨に嫌な顔をした。が、反論してやりたい気持ちを抑えて耳を傾けた。

リーンには、ピエロが平気だとは思えなかったのだが。


「奇天烈な話になるけど、真実だからね」

18になろうかならまいかといった姫の顔が、今度は急に老けたように見えた。

「うちが生まれたのは30年以上前。推測だけどね。でも、うちは老けてない。なぜか?」

リーンは顔をこわばらせた。姫は反対ににやにやしている。空っぽになったコップに触れる。


──それはね、うちは一度死んだからなの。

死ぬ前、うちが2歳か3歳か、それぐらいだったかな。孤児院にいたの。

その時からもう、姫神教もあったし、中規模な教団も存在した。

よく分からないけど、たぶん孤児院でも変なことを言う、予知のできる赤ちゃんだって話題になってたのかもね。

それを聞きつけた教団の人たちが、うちを引き取りに来た。

それから、教団でおばあさんにあったの。おばさんとおばあさんの間ぐらいのひとだけど。

その人にはさんざん神である自分を敬えとか言われて、ありとあらゆる姫神教の法典を読まされた。

そんな生活が3年ぐらい続いて、うちは急におばあさんに殺された。

殺された記憶はしっかりと残ってる。おばあさんの無表情も記憶に残ってる。

………すっごく、怖かった。


次に意識が戻ったのは、それから推定30年近く時が経ったころだった。

目の前には、ずいぶんと年を取った、今にも死に絶えそうなおばあさんがいた。

ただひたすらに、自分が死んだら生き返らせろ、私は神なのだ、だから生き返らせなければならない、とか何とか理屈をこねて、死んだ。

まだ幼かったうちだけど、自分を殺した恐ろしい女の言うことを聞かないぐらいの度胸は育ってた。

そして、唯一立ち会っていた、女の後見人である教団の男に、その女の死体を消させたわ。


後でわかったの。

あの女は、若いうちから自分の神としての力に目覚めて、姫神教を作った張本人、

初代姫神そのものだったって。


あの女は自分がおいて死ぬのが嫌で、

そのうえで、自分と同じ力を持った人間がいることに感づいて、

片っ端から力を持つ可能性がある子供を集めさせたらしいの。

私は、その子供の一人で、「当たり」だった。


蘇生の能力を使わせて、何度も自分をよみがえらせる計画だったみたいだけど。

あの女はうちにやさしくはしてくれなかった。

しかも、殺した。

きっと、体を若いうちに残しておくことで、自分の死ぬ間際になってから自分の手で蘇生させて、できるだけ長い間、うちに蘇生をさせるつもりだったんだろうけど。

うちはそうはしなかった。

かわりに、女になり替わることにした。

そう──姫神として。


「初代は姿を一部の人間にしか見せず、神々しさを演出してた。でもうちはそうはせず、自分の正体を知る人間を、力を使ってトップにして、うちもまた自分が長い間生きるために、自分と同じ存在を探すために、子供を進んで捧げてくれる敬虔な信者の子供を集めた。結局、そこにうちの求めていた存在、自分と同じ力を持った者、「神の化身」と他の奴らに呼ばせているそれは見つからず、その子供たちは「神捜しの子」として、予言を効率よく知らしめるのに一役買ってくれた。ま、結果オーライってやつ?」

リーンは眉間にたっぷりとしわを寄せていた。

姫はため息をついた。

「──やってることは初代とそこまで変わらないけど、神になりたがった初代みたいな欲で始めたことじゃない。ちゃんと、目的はある」

「それが、戦争を起こすってこと?」

「まーね。それについては、また今度。いくらでも聞く機会はある。だってあなたは、うちと一緒に暮らすことになるし」

開いた口がふさがらない。リーンは馬鹿にしたように言った。ひじによる圧力でテーブルがぎしっと音を立てる。

「そんなわけないじゃん。意味わかんない」

「……そんなわけないって、リーンが感じるんだったら、その通りだよ。自分の未来は、うちはわからないから。リーンならうちの未来がわかる。リーンはうちと一緒に住もうとしてないから、目的と予言を混合しない」

開いた口が、ふさがるどころかもっと大きくなってしまった。

リーンはなにいってんの? と嘲笑を浮かべるつもりだった。

しかし、実際にその顔に浮かんでいるのは驚きで、唇から洩れたのは全く違う言葉。

「まさか……」

「そのまさかよ。リーンこそが、うちの求めていた存在。神に等しい力を持つ、うちにとってはおそらく唯一無二の存在。あなたが………」

姫は笑いながら言う。

「神の化身」

リーンの腕に当たり、床に落ちてコップが割れる。

 

「はぁ?」

リーンが耳をふさいでとぼけるように言った。

コップの破片を踏み潰し、音を立てる。

「姫が能力者ってだけでも、よくわかんないのに……私も同じ? ますます意味不明だよ」

「意味なんか不明じゃないよ。受け入れてたんでしょ。認めないとピエロの情報、教えてやらないってば」

リーンは顔を引きつらせる。

「ありえないって。いいからピエロを助けに行こう。ピエロには私、命を助けられたことがある。だったら、やれることは少ないけど、でもピエロの命も救わなきゃ」

誤魔化そうとしたのが丸わかりの饒舌が運のつきだ。

姫は俯いて、ここぞとばかりに言う。

「厄介ごとに巻き込まれているとは言ったよ。でも、命の危険なんて言ってない。そしてそれは、うちの予言からも、神捜しの子からの情報からも、事実」

リーンの視界が暗転する。

「なんでわかったの?」


立ちくらみを起こしたリーンが姫に支えられた。瞳が安定しない。よろよろと立ちあがる。

うそ、うそ、うそだと繰り返すが、リーンは冷たいともいえる表情で、リーンに微笑みかける。

「嘘じゃない。リーンが教団に姫神という神はいない、と言ったのは、それを知ることになる未来を無意識のうちに見ていたから。姫神という人間はいたしね」

うそ、うそ、うそだ。

「嘘じゃない。思い当たる節はいっぱいあるでしょ? 自分の当たりすぎる勘は、そのことが明らかになる未来を無意識のうちに感じ取っていたから」

うそ、うそ、うそだ。

「嘘じゃない。だって、あなたが心の底から嘘だと思っているなら、あなたはそんなに動揺はしない」

はたから聞いたら、ただの戯言にしか過ぎない。

なのにリーン、あなたはまじめに受け取っている。

それは、いつの日か、未来であなたが自分の神の力に気付くから。

未来というものは、変遷する。でも、大きく変わることはあまりない。

予言で見た未来は、近いものならほぼ確実に起こりうるもの。

その未来を見たのよね? リーン。

リーンは自分の力を自覚していない。

だから、予言を知る方法も知らない。

だけど、予言は確かにできるから、予言で受け取った情報を、予言ではない形で変換して、自分に届けていたの。

うちが姫と呼ばれていることを知る未来を予言して、王女だって勘違いしたように。

その他にも、無意識に、リーンは何度も予言をしているはず。


もうにがさない。

もうひとりのかみ。

うちのきもちをわかってくれるただひとりのひと。

 

呆然とするリーンを抱えるように支えて、姫は金をカウンターへ置いた。

それからリーンにささやく。

「ここじゃ邪魔が入るから、場所を移してゆっくりしよう?」

ピエロなんかにあなたは奪わせない。

ガシャン、と窓をたたく音がして、振り向くとそこには血走った眼の店主がいた。

手には野菜包丁が握られている。

「リーンを返せ、さもないとこれを投げるよ!」

姫は噴出した。からからと笑って、そのまま店を出る。

リーンは驚いた顔のまま、姫に連れられてドアの外へ行く。

瞬間、リーンの顔はそのままに、振り返って店主を見た。

「ジェヒ…………私はね」

ドアが閉まった。

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