SIDE-I
斎は少し驚いたが、それを口にすることはなく、その像そっくりの女性に手を振った。
像のように、金色の髪をしたすらりとした女性だ。
「いい。中、混んでるみたいだし」
女性は怪訝な顔をした。
「中に人が入るスペース、ありますよ」
そこで、斎はしまったな、と顔をしかめる。
今日は姫神の誕生日と同じ第三水曜日だ。教団の管轄内には教会どころか何処にでも人が押し寄せ、感謝の祈りをささげている。
人は確かに込み合っているだろうが、多少込み合っているからと言って、信者は普通、祈祷をやめたりしない。
「あ、もう、今日はやったから」
一部の修導士はたちの悪い勧誘会社の社員のように教会へ信者を引っ張り出す。だから、斎は警戒していた。教会へ行きたがらない信者など、ほとんどいないために、ほとんどの人間が勧誘会社のようなどとは思っていないだろうが。
女性は予想に反して、別の質問をした。
「では、なぜそこにいらっしゃるのですか?」
「ああ、ちょっと気分転換で散歩」
仕事はしていない。
もう二十歳になるのに家出というのもおかしなものだが、現状そうなる。
親と顔を合わせたくなくて、黙って出てきた。
親が今死にもの狂いで自分を探しているはずだ。修導士にするために。
──親と顔を合わせたくない?
なぜだろうか。
考えようとした。が、急に鋭い痛みが頭に走ったので思考を中断させる。
ついでに女性の声も飛び込んできた。
「私も、付き合っていいですか?」
「え?」
女性は少しはにかむように笑ってから、斎に言う。
「教会から抜け出したくて。人の気が多いんですよ、私ちょっとうんざりしてしまって」
教会にうんざりする?
そんなことが、あるものなのか。
斎の沈黙を肯定と見たのか、女性は華やかに笑って「ソアです」と自己紹介した。
「あなたの名前は?」
「お、俺は、斎だけど」
「イツキ……アジア系ですね。どういう風に書くんですか?」
「ああ、こうやって……」
斎は空に指を使って文字を書く。ソアは興味深げにそれを見ていたが、少しして満足そうにうなずいた。
「自分を神のために律するという、素敵な字ですね。東洋の物ですから、中国の方で?」
「あ、日本だけど」
「そうなんですか。私、中国と日本と、他に西洋の血も入ってるんです」
嬉しそうにソアは会話を続けた。教会から離れるように歩きだしたので、斎も沿う。
「斎さんは信仰をしていないんですか?」
「いや、してるよ」
している人はこんな風に言わないのだろう、と思いながら口にしていた。
姫神の信者は斎が知る限り、みな熱心で、姫神がもし存在して、姿をあらわしたりすることがあったとして、その姫神が命令などするようなことがあれば、躊躇いなく自分の首を切るような人たちばかりだ。
信者であることを疑われて、こんなにけだるい返事はしないだろう。
ソアもそれを見越していたらしく、少し困ったように眉間にしわを寄せていた。
「姫神様は貴方のことを見ていらしますよ」
「だろうな。だったらこんな俺にはすぐさま天罰が下って、拷問みたいな死に方をしているんじゃねえの」
だんだんぞんざいな言葉になっていく。彼女もまた、やはり自分を信者にしようとしているのだろうか。
信者でないわけではない、と斎は思っている。姫神という神がいてもいいし、信じてもいいだろう。
でも、なぜか、自分でもわからないが、信者として教会で祈ったりだとか、姫神の話をしたりだとか、普通のことをするのが嫌だ。
ソアは嫌な顔一つしなかった。
「姫神様は慈愛あふれる方ですから。あなたを苦しませるようなことはさせません」
「なら、熱心に信仰してなくてもいいんじゃねえのか」
「そうですね」
「そうだよな……って、は?」
あっさりとした返事のせいで流されそうになった。その様子がおかしかったのか、ソアはくすくす笑っている。
「信仰するということは、神に全てを委ねるということではありません。神を信じて、神に祈りをささげて、その恩恵を確実なものとすることです」
私にとっては、そういうことです、とその後ソアは付け足した。
「はぁ……」
斎は首をかしげていた。ソアはまた嬉しそうに笑う。
全てを委ねることではない。
そうなのだろうか。信仰は、神を完全に信じることではないのだろうか。
ソアの言葉に違和感を覚える。
「そうなのかなぁ」
ソアは、一瞬表情を硬くしていた。
それからすぐに笑い──あからさまな愛想笑い──くるりと向き直った。
「私、もう教会に帰らなければなりません。ありがとうございました。もし、またお話に付き合って下さるのでしたら、教会にいらっしゃってください」
「……わかった」
「ありがとうございました」
ぺこっとおじぎをして、足早に去っていった。
ソアの表情と、信仰への違和感。
一瞬感じたをそれを、斎は無意識に脳内でかき消していた。